
「二次元の十字架」を知ってますか。
拒食症は、虚飾か、否か。
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歴史を紐解いてみよう。
教科書があるページ、太字で印字は、宗教改革。発端は、マルチン・ルター。
一度、修道僧になって。世俗を離れては、修道院。
その体験を経ての、還俗。
プロテスタントの始まり。教科書には、すぐ、同ページ、反宗教改革。載ってる。
わたしは親への、恩返し。20代で、修道院は無い。
ルターと、同じプロセス皆無で、カトリックも、よう判らん。
後年、カルビン派、登場で。こちらの方が、「みぢか」に感じた。
よう判らんイズムが相違。イタリア半島が、「ルネサンス」。レオナルド・ダ・ビンチが傑作「最後の晩餐」。あれは、あの横並びは。各弟子が等しく、そのキャラクターで分別されての事、故。
それに、オルレアンの少女。ジャンヌ・ダルク彼女が出現にて、西洋キリスト教史。
イズムの判別、カトリックが、福者・聖人の峻別まで、理解が開ける。
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その少女、レネ。代々が、北欧は、プロテスタント系の家系のようだ。
どうやら、実家が畜産農家か。食肉加工業なのか。そんな少女が、何故。拒食症
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ここでの、主旨。それは、改宗において。親子と言えども。イズムが相違、在るだろう事。そのケースバイケースなんだ。それが、ルター派だろうと、カルビン派でも。
それらに見捨てられて、それでも救ったがカトリックならば。それが解答ではないか。
わたし等、毎度。戦後が、掌に5円玉握り締め。駄菓子屋が店頭に立ち、五十銭単位の買い物。この時代的体験は、消えない。デノミとは、何ぞや。
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レネが最晩年。彼女が、日常が居室。自己から1mの距離に彩色あるマリア様の陶器が彫像。それを見て、安眠が得られる。ならば、解答はそこに在る。
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そんな彼女が、とうとう。ある部屋が壁に、二次元が十字架を描いた。
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それが、何を意味するか。わたしも、老人が身。以前に増して、分る。
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稀代が博識の、IQ。ドイツに、インスティチュートを持つ、ゲーテ。
彼が遺言は、「もっと光を。」
東洋は、弘法大師。空海が入定の晩年、表現違えど。似たような老化現象を述懐する。
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拒食症が、その身の病が本人。その救いは、然らば、何か。
死期がちかづき、その死を、意義。価値たらしめるは、何だろう。
尊厳。
わたしが母教会、「単立」では在ったが。その主任牧師にして、前職が看護婦長
(旧名)に倣えば。
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レネは、それを承知して。自己が最期がその日までの、病身が我が身を、映像で作品として、残す。
痩せた体躯が同格の少女、彼女にも観客を許す。伝達せねば。有意義に及ばぬ。
価値は、消滅するだろう。させては、為らぬ。
タイムラグよ、何時の日か、来たれ!!
アーメン
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