
準川柳士が、ジセイの句
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パロディマン、登場。
かがいずもも無く 鼻つまむとも 上総宮
ヱマオ亡くとも 対は腐らすな 能面通
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先日が、「黙示録ノススメ」脱稿記念。
準川柳士が、詠んだ、とさ。
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キムチ風腐ってもタイ、流通させている、誰かいますか。
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腐った肉で、軍艦が乗務員の水兵等に、糧食をあてがったは、当時がロシア帝国がツアー。エイゼイシュティン監督「戦艦ポチョムキン」は、その段差を活写したが。
しかしその後が、ロシア革命を、指導したは。共産党に、ユダヤ人。
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少年時代、TVで見た時。ラストシーンは、若い副官と思しきが。木片に捕まって、やがて力尽きて、海中にスルリと没する。それを演じたは、船橋 元。
1953年、新東宝製作であるからして。モノクロ。しかし出演者は、戦後日本映画界を背負って立つ、若手から、ベテランまで。オールスターキャスト、と称していい。
教導として、参加した。当時乗組員がひとり、能村次郎。彼副長を演じた藤田進の、代表作がひとつ。当時が、共演俳優。彼らは、全員。モデルとなった多くが乗組員と、同じ感覚で演技したのではないか。
戦争映画、戦場だから。モノクロ画面が、観客には相応しい。
壮大で無ければならないセットにしても。当時、貴重な撮影フィルムにしても。
監督 阿部豊は、当時自宅近辺で、その玄関表札を数回見掛けた。
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此度は、出撃前。水上特攻であるからして。乗組員各自の、思惑、感慨が台詞のよって、葛藤が表現されている。
船橋 元演じた若き副官。彼が、艦内ハンモック上で、上官にスピノザの本を聴かせる場面。
参りました。学校で、講義が最終日。教授が語った、好きな学者が、スピノザ。当時が彼、レンズ磨きが職業。思索が為、選んだ。
自然に、神を見る。それは、ゲーテの汎神論に近い、かも知れない。ユダヤ人だ。
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兄弟護衛艦が、空母化され。日本海を、回遊警備しても。太平洋岸、同盟国が、横須賀を母港化してる。
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企業は株主で持つ 財務省は消費税で持つ
トヨタイズムは LGBTQで持てない 能面通
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異論はない。でも、Xのオーナー彼は、イーロン・マスクは居ます。
彼は、LGBTQ法案に反対、を表明しました。
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燃費の、ライバル意識を燃やしてください。
誤解してました。 「LittleGirlBoyTimeCupid」だと。
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主日
「真理はなんじを自由にする。」
お気に入り、というより。時々、おもう。昔々、奈良の古都は明日香駅に降り立った。ひとり旅である。駅前の観光案内所から。チャリンコを借りて、村内とその周辺をゆったり走る、田園の中。細い舗装道路を行くと。見えたは、橘寺。そう、聖徳太子の生母所縁の史跡。
隣国で、TV番組「ルーツ」が放送は、何時のことやら。私も、倣った訳だ。進めると、
「来たわよ。」という女の声が、耳に入った、気がした。
拝観料とは、遥か彼方から来た旅人が、千年の時を越えて。遠く尋ねて来た、その間。
手入れをし、待っていた。その忍耐の御もてなし。
本堂の裏手、鉄柵網で囲った静かな池の水面に、桃色の水蓮が咲いていた。
敷地内奥には、七重塔の跡石があり、戻って中央には、石柱が立っている。
その刻んだ表字には、「日清戦役出征」とある。
そこを尋ねたは、還暦前であった。今では、借りたチャリンコの番をしていたお婆さんと同じ。
それで、この歳にもなって。誤解されるのだけは、お断り。
クリスチャンであろうと。大和なでしこのお祝いの日、に変わりはない。
この翌日、駅前でお婆さんにチャリンコを返し。電車に乗って、降りた駅から、岡寺へ。その途上坂道で、目線の高さの畑の縁に数基並んだ墓石。そのひとつに、戦艦大和乗組み、を見たは。確かな記憶。
何と、前日泊まった、その民宿の表札と、同じ名字。
よって。この新ブログ。日本人が発明の「ひらがな」をもって。新元号を迎えんと、欲す。各々方、よろしく。
