かいふう

近未来への展望や、如何に。

10万人の力

自殺対策を国や自治体などの責務とした「自殺対策基本法」が15日、衆院本会議で可決、成立した。

内閣府に自殺総合対策会議を設置し、自殺防止と自殺者の家族の支援を進める。

年間の自殺者が8年連続で3万人を超える中、同法は自殺について「背景に様々な社会的な要因がある」と位置づけ、総合的な自殺対策の策定と実施を国の責務としている。

政府は自殺対策の大綱を定め、実施した対策については、毎年、国会へ報告することが義務づけられる。

法成立には民間団体の力が大きく働いた。NPO法人「自殺対策支援センター ライフリンク」(東京)などが呼びかけた法制化を求める署名には、目標の3万人を大きく上回る10万人分が集まった。

「同じ苦しみをもつ人がいなくなりますように」(姉を亡くした山形県の男性)、「娘を救うことができず、今も自責の念でいっぱいです」(千葉県の女性)。署名とともに、1000通以上の手紙も寄せられた。

ライフリンクのボランティアとして署名や手紙の整理を担当した南部節子さん(61)(茨城県)の夫、攻一さん(当時58歳)は2004年2月、電車に飛び込み自殺した。

技術者だった攻一さんは横浜市に単身赴任。仕事の量が増え、腰痛や足のしびれなどを訴えていた。

亡くなる1週間前の夜、攻一さんからの電話をとった長男(21)は「お父さん、様子がおかしいよ」と言った。代わろうとすると電話が切れた。電話をかけ直した節子さんは、とっさに「心配するやないの」と言ってしまった。「しんどいのに、無理していると、腹をたててしまったんです。あのとき、『早く帰ってきて』と言えばよかった……」

攻一さんが最期の場所に選んだのは、新婚時代を過ごした奈良県内。財布の中にたたんで入れてあった住所録の裏には「ごめんなさい。あかん、あかん、スカや」と小さな字がびっしりと書いてあった。

節子さんは「今になってみると、夫の症状はうつ病だったと思う。法律ができて、いろんな情報が行き渡るようになれば、ずいぶん違うはず。同じ思いをする人を減らしたい」と話している。
(2006年6月16日読売新聞)