かいふう

近未来への展望や、如何に。

「生命之光」を読んで.その5。

kaihuuinternet2007-12-30

2007年12月号の「生命之光」が配布を手にしたので、ここに紹介させていただく。この号は、手島郁郎創刊、講話 キリストの生命の杯、となっている。通算ナンバーがNo.662である。
表紙裏、雪をいただくヘルモン山、のカラー写真レイアウト、大きくとった空の中、
『人もしキリストに在らば
 新たに造られたる者なり、
 古きは既(すで)に過ぎ去り、
 視(み)よ、新しくなりたり。』
                    コリント後書五章一七節

                                                                                                                              • -

「生命之光」を、ここ一年、贈呈という形で、送付していただいた。
そのすべてを、今日現在読了した訳ではないが、大体の体裁、製本、編集形態等は自分なりにつかめた。
ここにも、キリスト者の群れがある、と感じ入りました。
しかも、北は北海道、南は九州沖縄まで、広範囲。そして海外までも。
掲載の各地幕屋の皆さんの笑顔は清々しい。

                                                                                                                              • -

先日の集会の際も、親切で丁寧で、打ち解けてくださって、よい雰囲気でした。
基盤に流れる、共通のものを感じ取りました。
町内会、というより、エマオという村の、同じ村民、という感じでした。
でも、そこも村なら、やはり村長さんも、長老さんも、そして住んで長い村民の方々も居られるわけですから、すぐにみんなと、という訳にはいきませんでしょうが。

                                                                                                                              • -

講話 キリストの生命の杯、に幕末の吉田松陰の国禁違犯、安政の大獄から死罪の話で出てきます。萩ではないが、都内にある松陰神社にかって行ったことがありました。
本家と原寸大の松下村塾が在り、意外とこじんまりして、こんな住居で、後この国を支える多くの逸材が育ったかとおもうと、吉田松陰という人の人を見る眼識の包容力に、驚嘆したものでした。まさに、他人のタレントをよく見抜いたタレントの持主だったのです。それは同時に、諸外国への眼差しも。
30歳に満たぬ若さで極刑とは、惜しみます。国家の損失です。だからこそ、かくも、慕う人々がその墓を訪ねるのでしょう。そこは静謐で暗い。
境内の掲げられた遺言には、学問に励む者の高徳の矜持が見受けられました。

                                                                                                                              • -

それは、たとえば、磔刑なった佐倉宗吾の処刑場跡地の寺院敷地内、親子の厳粛な死が、現在の基準でいうととても死罪に当たらぬ故、観光気分の訪ね人を、霊気で平手打ち食わせるように、何か流れるのを感じませんか。それは畏れでしょう。異教徒といえども、汚れ無き幼き者たちの連座の不条理の死に、竹柵外の駐車場から、まるで何百年前の処刑日の見物の農民のように、祈ることしかできませんでした。
それは、自分のごとき罪深き者を、戒め浄化する霊としか、おもえませんでした。
聖なるものが、洋の東西を問わず等しく歴史を覆うものならば、人が一度しか死なぬものならば、彼ら罪を認められぬ幼き者たちに、ただただ畏れを禁じ得ぬ異教徒ではあります。でなれけば、なぜに宝物館と呼ばれる室内で彼らの過去帳と破けた衣を観てきましょうか。
今号には「童話 生き返った子供」として、

預言者エリシャが子供を救ったいきさつが、わかりやすく載っている。
列王紀下四章を読んだのは、はじめてである。
旧約に載っているのを、クリスチャンがわずかもない現代の医学知識で、生き返った子供の病状を詮索しても。
それよりか、東洋の磔刑なった者の子たる幼き者たちの死は、打ち首という史実が定説で、劇映画にも絵にも見られる。
首が地中に落ちては、生き返らす事はもはや出来ぬ術だ。

                                                                                                                              • -

それで、礼儀をもって、答えたいと、おもいます。
すなわち、信仰証誌の終わりにある、それを載せました。
       我 ら の 信 条
● 我らは、日本の精神的荒廃を嘆き、大和魂の振起を願う。
● 我らは、日本人の心に宗教の復興を願い、原始福音の再興を祈る。
● 我らは、無教会主義に立つ。従っていかなる教会・教派にも属せず、
   作らず、ただ旧新約聖書に学ぶものである。
● 我らは、キリスト教純化を願うが、日本人の他の諸宗教を愛し、
   祖師たちの人格を崇敬するものである。
● 我らは、政党・政派を超越して、愛と善意と平和をもって、
   日本社会の聖化を期し、社会正義と人間愛を宣揚するものである。

   キリストは言いたもう、
  ゛すべて労する者、重荷を負う者、われに来たれ、われ汝らを休ません゛