かいふう

近未来への展望や、如何に。

ヨハネによる福音書:第八章 第三十一節〜第三十二節。&マタイによる福音書:第十八章 第一節〜第十四節。

イエス

1.「真理は汝を自由にする。」 この聖句だけでも。理解し、読解するは、大変なことです。真理とは、何ぞや。自由とは、何ぞや。
大変なこと、は「Oh my God!」ですから。本人が、神様に直接向き合って、対話しながら、ああでもない、こうでもない。そうやって、ひとつずつ違うものを外して行って。もう最後にこれしかない。それが答えです。いや、それを答えとするのでしょう。畏れ多いです。余りに抽象的で。
ですから、卑近な例を持ち出して、ご容赦いただいて。話を進めましょう。
世紀末。1999年、私は、この国の、裏日本即ち日本海側の、ある政令指定都市の海岸近くに、ひとり居ました。ある事件が未解決のまま。その被害者とおぼしきひとりの中学女子生徒。彼女が姿を消して。行方知らずなのです。逆算しても。【拉致】されてから、当時。すでに、20年以上。その少女が母国に生まれてから、それ以上の年月を、得体の知れない他国で、生きて来た訳です。
その少女が、不自由。誰が、どんな権限で。彼女の自由をば、奪ったのでしょうか。不可解ですね。
先程の、理解しようにも。その要件が、剥奪されて在ります。明らかな、【人権侵害】です。
主の御言葉に、反しています。つまり、未だ、その少女は母国から、遠く離されて、主の御光から遮断されて。
【隠蔽幽閉】されて。自由にする真理、それを教わる自由さえも隔絶されて在る訳です。
この非常を、【国難】と想えませんか。神の国、にも当てはまるものでしょう。
その非情を、無感覚で行けますか。
2.「幼子のようにならなければ、天国に入ることはできない。」
昨今、9歳の女児が、大人の過去の手抜き工事から。亡くなる事故やら。
5歳の幼女が、「遺書」書かされて。【虐待死】させられる事件やら。