「歴史は繰り返させない。」ウクライナ人が、決断。
ウクライナはどうなるのだろう。
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『歴史は繰り返す。』と、「歴史は、繰り返す。」との。その相違。
「ユニークね。」。かって、そう言われたことがありました。
あれから、半世紀。その方は、厳格なミッションの教育を受けて。学生時代、反公害の戯曲上演に参加され。後、医療機関で、従事され。今は、悠々自適な老後。
だと、思われます。
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『歴史は繰り返す。』は、学説のひとつ。だと、思います。
別に、そういう学会の常連でもなければ。そういう組織から郵便が届く、地位もない。
ただ、余りに名言。迷言なのであって。歴史を学ぶ学徒。及び、教鞭を執る職業の者からは。学界にある基本、定義のようなもの。みたいなもの、なんでしょうね。
『歴史は繰り返す。』 これをば、まるで呪文のように。われわれが、反芻するは。
おそらく、それに。その磁場に、ある不安が絶えず吸い寄せられるがごとく。周期的に、顔を出すからかも知れませんね。
おわかりでしょう。それが、何か。
そう、戦争。戦争。
ウクライナは戦争。そして、その先にあるは。『第三次世界戦争』かも。
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「歴史は、繰り返す。」。これは、レントゲンの定期健診。
納税義務者に、還元。
絵のないマンガ その24
1.レントゲン撮影者「職業は?」「歴史の講師の方。」
2. 「歴史は~、ハイ。」「そこで大きく~息を吸って。ハイ、止めます。」
3. 「・・、くりかえす。」
4.彼は、この医療行為。「歴史は、繰り返す。」
「平成」、そして「令和」。毎年、繰り返して来たのです。
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ホロドモール。数日前。初めて、ここに載せました。
それまでは。ホロコースト、は知ってました。その犠牲者が数字は、概算でしか知りませんが。
しかし、ホロドモールの数字。それが、ホロコーストに比肩する。
そう扱ってもいい。それ程の惨劇規模ならば。
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「歴史は繰り返させない。」ウクライナ人が、決断。
それが、ひしひしと。身近に思えるようになったのです。
1920年代というは。約100年前、の事です。
一世紀前に。その様な悲惨な残酷な体験をした民族が。
100年経て。3世代以上、引き継いで来て。
『歴史は繰り返す。』を、受け入れますか。
その答えは、「ネヴァー。」でしょう。「否。」
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わたしの実存は。彼らと同じ「ロシア正教」でも、「カトリック」でもありません。
しかし、信者のひとり、として。
同じ方を介して、祈っている以上。
全くが他人、他国。同宗派が、内輪揉めの流血。それで、済ます訳にも行きませぬ。
わたしの実存は、意識は。やはり、1945年が8月。77年ですか。そこから、連綿と継続してある訳ですから。
欧州は、ウクライナ。彼らが100年の厄難。その間の歴史。
それをば、水泡に帰してはならぬ。
彼らが断固たる堅い決意。自然に素直に、受け入れたい。
クリスチャンならば。『歴史は繰り返す。』を、受け入れない。
だと、思います。
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附録:「譬え話」の訓練を受けた、彼が例え話。
昔々、ある処に、求道者がいたそうです。しばらく、自転車には軽くとも。徒歩では、そうではない。そのような教会に、しばらく通い。さて、そろそろという段になって。
今ひとつ決断にしぶって。なかなか、信者の儀式を、せずじまい。
その間、ある若い女子が教会員と。「歴史は繰り返す」。否、「くりかえさない。」
会話しました。いや、この場合、対話でしょうね。
若い彼女は、「歴史はくりかえさない。」と、返答してくれました。
わたしは、「歴史は繰り返す」と回答。
両者の年齢差は、年代以上、世代未満だったでしょうか。
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やがて。その教会が、新教会堂、建設。同敷地内に、更地にしてからが、施工ですから。
その間、何処ぞへ。礼拝等の儀式を、確保。間断無く、信者が集会継続せねばなりません。都合よく、近隣が幼稚園。その施設での集会に、参加もした。
さて。新教会堂、竣工の運び。献堂後も、しばらく、通いました。
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先程の若い女子信徒の方。彼女との問答、その時点で、既に彼女が正会員として、わたしより先に、その教会で儀式を経ていたか、存知ません。
ペテロの例え、ではなくとも。質疑応答の際でも。それを自ら公言するか、規則はない。
あくまで、他者がプライバシー。
要は、それが。果たして、キリスト史なのか。キリスト教史なのか。
キリスト教会史なのか。
そうでは無い。いわゆる、宗教域外の、「政教分離」。世界史なのか。それでしょう。
勿論。『歴史は繰り返す。』は、世界史に対してであるんでしょう。
われわれが、初心者の入信は。キリスト教会史から故。
叩く扉を、気を付けよう。
ならば、答えは簡単。われわれが如何に、それに関与できるか。
それに係わってくる。
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