かいふう

近未来への展望や、如何に。

「敦盛さん」

kaihuuinternet2006-02-07

平家物語」、平敦盛が討たれしは、元暦元年2月7日、須磨寺は所縁の寺である。享年16、その歳に因んだ能面がある。ある能面師は丹波篠山まで足を運んで、その新作面を打った、という。
ここでいうのは[地唄舞]である。面は付け無い。若い女が「敦盛さん♪」と唄い舞う。元来、狭い座敷で灯を脇にだから、踊るではなくて舞う、のだそうだ。
以前、偶然、NHK.教育TVだったとおもうが、観た。カメラのバストショットもあり、いやあれはバストのクローズアップ。妙に、そこはかとなく、というのだろう、感じ入ってしまった。髪を結い上げ止めて、端正な身のこなし、母性も匂う。舞った人がすでに実の母親か定かでないが、くり返す呼掛けに、未だ兜を外され刎ねられる前の若武者を胸に抱いて慈しむ、想いが湧く。舞い手が気持ちが、来る。
これを選んで舞うは、若い女の心中如何に。愛されすぎて疎ましく、舞台でいにしえの悲運の若武者に身を預ける。それとも未だ見ぬ愛してくれる若者を求めての舞。いずれにしろ、相手が「敦盛さん」じゃ、誰もやきもち焼かないものね。この自由が、芸能だとすれば、{無念}とか{非業}とか、それをこの作品は凌駕している、いや、そうしたいのだ、とおもう。どんな作者もその想いは同じ。若い女はきっと、いつまでも、「敦盛さん」と語りかけ、続くのだろう。
この演目は、男は見る側にしかなれないのである。「敦盛さん」は永遠の弟なのだ。