かいふう

近未来への展望や、如何に。

「確率論者」はそれでも、相性可否で括るべきか。

夜景 東京湾

ここ数年、少子高齢化、が定着してから。かなりの数で、ニュースが流れて来る。それで、この5歳の幼女の、虐待死。やはり、継父が犯人。同居で、元彼似の幼女の顔と日常を経過するは。反感や攻撃の対象にしてしまう、だろうな。そういう想像は、老人になっても、可能です。ましてや、その幼女の母親が、継父の子を宿したとなれば。そういう状況は、子供たちはわからない。
で、結愛が5歳で、懇願の謝りの作文です。必死で、幾度もくりかえし、書きました。そんな幼児に、親が愛してくれる基準なんて。わかるはず、ないだろう。
相性可否、の要件は。実の親が、基準です。相性がワルい親子、も居るでしょう。それで、児相なら、わかりたい。離れた方がいい。
しかし、継父や継母では、わからない。税金で、公務員が面倒見るから。大切な未来ある子供たち、だから。と、説得できる職場に居る方々だから。任せもできる訳。
結愛が残したは、【遺書】になってしまいました。5歳の幼女に、それを書かせる、この世の中って、一体何なんでしょうか。
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ママ もうパパとママにいわれなくても しっかりとじぶんからきょうよりかもっともっとあしたはできるようにするから 
もうおねがいゆるして ゆるしてください おねがいします
 ほんとうにもうおなじことはしません ゆるして きのうぜんぜんできてなかったこと これまでまいにちやってきたことをなおす 
これまでどんだけあほみたいにあそんだか あそぶってあほみたいだからやめるので
 もうぜったいぜったいやらないからね ぜったいやくそくします。(2018/06/07-11:59)