例えが。彼女と、彼女。
「祝日」が、この国のそれである以上。
先ず、限定されるは、時空を問われて。それは、「昭和」です。
その時代も、【国難】のそれであるなら。はっきり分けましょう。
敗戦前と。終戦後と。
さて。持ち出したは。彼女と、彼女。二人共、日本人です。
共通の基盤です。要件1です。
戦時下の日本を生き抜いた二人ですから。
「同時代」 が共通。要件2です。
私は、確率論者ですから。しかも、「戦無派」世代ですから。
私は、彼女たちに。それぞれ、時代を代えて。直接会ってます。会話も交わし、その一人には、写真撮影も許可されました。
ですから。比較して、考察しても。構わないでしょう。
それで。彼女と、彼女。ふたりを、それぞれ、彼女「山」と、彼女「海」と名付けます。
さて。ここからが、複雑系が常識の中年以降。お笑いが、「還暦」迎えの『ご褒美』と思う、熟年移行。
開口一番、もとへ。邂逅二番。
令和だからこそ云える。「日本夜更かし話、昭和編」
「昔々、ある処に、おばあさんがいました。田んぼで植えて、収穫の秋。豊に稔った稲刈りで、泣き声を聞き、赤子を見つけましたとさ。おじいさんは、その子を家の大黒柱に寝かせて、大事に育てました。ところが、ある日。ヒラヒラと赤紙が飛んで来て。おじいさんは、それを追って出て。それっきり帰って来なんだ。」
「それで、赤子を育てながら。ある集会に参じて。その同じ団体の会員に、同じ境遇の、同年配のおばあさんを、一瞥しました。そのおばあさんに赤子は見なかった。」
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赤子を育てたおばあさんが、彼女「山」さん。もう一人のおばあさんが、彼女「海」さん。
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「「山」おばあさんは、女手ひとつで、娘を育てて。その娘が二十歳を迎えた時。家の防犯に備えて。『梅干顔』の少年を、『私的警備員補』として、下宿させました。
少年は、それが、『番犬代わり』とは、思ってもみなかったでしょう。」
「しばらくして。健気でしっかり者のその娘は、就職で、寮生活で家を出ることになりました。少年も、その下宿を離れました。」
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彼女「山」さんは、何時から。✖✖✖臭くなったのでしょう。ならざるを得なかった、その理由。判らなくもない、です。
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その少年も、二十歳になり。その歳の夏。ひとり北海道へ旅たち。
奇跡を体験し。
かつ、
誰ひとりいない大草原に、大の字になって寝ころび。どこまでも澄みきった紺碧の空を、牧草に抱かれながら仰いだ。
この星と一体感となった。
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更に、数十年。彼女「山」さんも幾度も通ったであろう。
関東平野は、九段下。そこに在る、ある神社に、そのかっての少年が訪ねた折。
今度は、もう一人のおばあさんこと、彼女「海」さんに、会うことになります。
「海」さんに、お子さんが居るか。お孫さんと遊ばされたか。知る由もありません。
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「海ゆかば」(^^♪は、準国歌、だそうです。
何故、準を付けて、それとしたか。平常と、【国難】とを、判別する為でしょう。
ですから。私は、主観だとしても。「意識」と、「記憶」を、拘っている。
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「峻別」の年代になり。
何時から✖✖✖臭くなった彼女「山」さん、から離脱して。
無臭の彼女「海」さん、の方へ歩いて行っていいでしょう。
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また、誤解を恐れて、付け足しますが。
私は、彼女「山」さんの伴侶の方。及び彼女「海」さんの伴侶の方。その、それぞれの方々の訃報の年月日、と殉職地については、知りません。
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「峻別」する必要があり。それに至ったが為、と。
はっきりしておこう。と思った次第です。
私は、もはや、老いたる者故。はっきり言います。
あなたが、「海ゆかば」♫を聴こうが。再聴を拒もうが。
誰にとっても、前世紀から、わかっていること。
海で死んで。また、山でもそうする。そんな者、誰ひとり居なかったんですから。
これからも、決して居ないんですから。