先日、この地へ引っ越してきた理由を載せたが。
【東日本大震災】も、その理由のひとつ、と上げたが。
では何故。何を怖れたか。こだわりを、補足しておこう。私に納得させる為である。
その日の揺れは、印鑑等手提げ鞄に入れて。部屋から脱出、の緊迫感があった。
ネットでニュースを目認後だったと思うので。関東圏西部の位置は、とりあえず屋外へ。死の恐怖感まではなかった。
数日経て。数週間経て。そして数か月経って。福島原発壊滅。巨大津波による家屋、学校、病院、工場、そして船舶等の損壊及び流失。
それから。最期に気が付かねば、が。不可視の正体なるもの。
ここまでは、と疑いつつ。
頭がパックリ割れた原発建屋。そこから水蒸気爆発等で。その日の風向き。
関東首都圏まで南下。後降下。
これは、盲点突かれた、とは違う!!
対象が、不可視なるもの故だ。
体感する程の揺れを体験しても。
それだけではない、もうひとつの恐怖。
それを測定する機器が、市販で出回っている。それを、ネット通販で見たは、かなりの後日だったろう。騒ぎが止んで、売れ残った商品。数年の在庫なら、値引きもしよう。
それでも、購入した。旧ソ連製、単種測定器、である。ひとつの放射能しか測れない。
昨日今日の数値で、0.12である。0.26までも表示した。旧パソコン上での計測だからか。トリチウムだったとおもう。この最高値は、10数キロ離れた旧宅の当時の頻繁な数値と、さしてかわらない。
問題にするは、2011年3月11日のその日。それから数週間及び数か月の間の、現地から風向き南下。その運ばれてきた、放射能の量と数なのだろう。
ハンディタイプのものだが。おそらく、【チェルノブイリ原発事故】の事後処理。引っ越せない地域病院の医療従事者や入院患者。工場従業員等に、国家威信と被災者鎮静が為。大量生産配布した代物だろう。それが、【福島第一原発事故】で、急遽緊急輸入、販売された。
再掲は、旧はてなダイアリーから、はてなブログへのリニューアル転居に添うものである。