かいふう

近未来への展望や、如何に。

ある時代

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コロナウイルス

「バイ、バイ。」、と「バイ、バイ。」。そして『倍返し』

時系列でいうと。「バイ、バイ。」は、40年以上前。某大陸からの宣教師たちに街頭で会って。その駅近くの映画館に週末足げく通いつめ。翌朝に、その駅から次まで。その教会の玄関前のベンチ等に仮眠ゴロ寝して。敬虔な信者たちが、主日に集う。その集会に無料参加して。受洗の場所まで案内してもらって。

結局、それを保留。最後の集会で、その教会に、歴史的運命で係りある若い女子宣教師が、私に言った別れの言葉。

つい先日も。路線バスの終点折り返し台座円盤、それも見ての珍しく走った帰路。JRは主要駅。若者の街が定着した、その南に在る、同じ教会からの南路。大和撫子と並んで信号待ちの、その教会の若い男子宣教師を見た。

さて、21世紀も20年。最近の「バイ、バイ。」は。国内格安航空会社。その某社のCAが、機内でのコロナで、乗客にマスク着用を遵守。これを口頭で伝えたが。男の客が、拒否。

その彼に放った別れの言葉。

各航空会社も。格安と云えども。社風がある訳で。マニュアルも、個別対応で、異なるだろう。取材記者も、その相違は、較べていた。

機上の室内。スマフォにも機内モードはある。

途中降機、その時間的、燃料も含めてのロス。告訴する機内、もとへ。しないも各社各々の判断。航空業界を熟知の者なら、個人の偏った意固地。もう結構が相場でしょう。

航空業界も、取り分け。生死がこだわる場所だし。

教会も、生死にこだわる場所。

ならば。違う会社。違う教会、探すが正解だろう

言える事は、「バイ、バイ。」が、21世紀に入った故か。すでに、日常的に、定着。

あんな場面。そして昨今、そんな場面にも使われるようになった。

まあ、放った側は。小児的扱いしか、残ってないので

言われた側は。洗礼儀式等は、他教会見つければいい訳で。

しかし、マスク。それは、究極。コロナ禍時代突入、という次第

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TBSテレビドラマ、「半沢直樹」、第二弾。『倍返し』の方も。

歌舞伎は、あちこちの館内興行でしょうから。コロナ禍時代。

舞台上から。高座、囃し方の皆さんも、すべてマスク

収容座席の観客数、見てる役者さんからすれば。

ソーシャルディスタンス、って。隔席。

興行収益二分の一。なら、演じる者も、オファーが来る、半分。

テレビの画面。そこで、来館勧誘の大見得切っても、いい

 『客寄せパンダ』ならぬ。歌舞伎への勧誘、やるじゃん。