昭和は、令和の、時代劇。
この国は、どうなるのだろう。
___________________________________
___________________________________
一カ所だけ、そう呼称できぬ場所が在る。
昨日、が何の日、であったか。記憶から、抜け落ちていた。
コロナ禍下。ワクチン接種、何度打ったか。
初回は、その後。味覚も、嗅覚も。そして、記憶も落ちた。
ある地方知事選が、候補者。彼女がその日の街頭演説。その朝の、冒頭。
初っ端、「憂国忌」と、口から出た。その人が、記憶と、意識なんだな。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ああ、彼らは、それ故。「東日本大震災」も、「コロナパンデミック」も。
そして、来るべき「○○○襲来」も、免れたのだ。
-------------------------------------------------------------------------------
我ながら。
何と。せせこましく、みみっちい、感慨よ。
~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
「歴史」を、囓った者からすれば。
再掲。「明治」→「大正」→「昭和」→「平成」→「令和」→
半円が上下する、大きな波長。
単純だが。「明治」戦争→「大正」平和→「昭和」戦争→「平成」平和→
「令和」戦争?
生まれてなかった故、「大正デモクラシー」。
同時代を生きたが。自己揶揄して、『平成でも暮らそ~』。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
現に、「ウクライナ戦争」。やってるじゃん!!
マッハの時代だよ。ステルスの時代だよ。
------------------------------------------------------------------
そして。核の時代だ。
何時、何処で。誰が、為すのだろうか。
____________________________________
____________________________________
これも再掲。かって。マンガの神様が、急逝の折。献花の列より、参集を終えて。
肩上に見上げた、緑なす。その霊園に、しばし。木漏れ日が下、休息と憩いを求めて。
園内を、歴史が中に我が身を任せ、闊歩した。
しばらく行くと。眼前に、四角い領域が出現。疑いつつ、進むと。
蘇って、4本が石柱、それを内包し。その空間、されど光で包まれたような際だった領分。
直進して、その石柱が真ん中を抜けたけれど。気付いて、慌てて反転。墓所から出た。
そこだけが過去ではない。しかし、そこは、象徴的な磁場。
劇中劇、ならぬ。「明治」中「明治」。斯様な墓所も在るのだ。乃木家之墓。
若輩者の身体が、光を見出し得たやも知れぬ。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
時が経て。戦後。昭和の半ば、首都圏は、「市ヶ谷事件」。「憂国忌」となる。
自衛隊がOBの方の「亡国のイージス」も出版されました、それ故。
時は、令和の中半。
ならば。明白なるは。「対亡国備」。これこそ、要諦に他なりません。
---------------------------------------------------------------------------------------
それが為。
諸兄諸姉。更なる、奮闘為さらんことを。