かいふう

近未来への展望や、如何に。

ギ曲『時効 遅々帰る』。

kaihuuinternet2008-03-15

はげむ「お父さん、今日街を歩いていたら、いきなり呼び止められました。振り返ると、身なりの薄汚れた如何にもホームレス様の男でした」
    「彼は言いました。声を掛けたのは、余りに顔が、昔々の誰かに生き写しで、おもわずそうしてしまったのだ、と」
    「そんなに似ているんですか、と訊くと、まるでその時から時間が経過してないみたいだ、なんて言うじゃないですか」
   「それで事情を聞くと、黒いバッグの事知らないか、というのです。なんでも、彼はそのバッグを、手込めにされた、と言うんです」
   「あれは、そう、70年安保の年だったか、その前後だった。彼は、いわゆるノンポリで、当日も金魚のフンみたいに、ついて行っただけだったと」
   「その当時上演するための講堂が、学費値上げの闘争する学生たちに占拠され、止む無く別の館内の教室を確保して、上演するための演目のエチュードをしていた。それで、ある日、その教室のひと部屋から、ある器材を移動するのを先輩に仰せ付かって、運んで、戻ったら、机の上に置いたはずの黒いバッグが見当たらなかった、と」
   「同じクラブの者か、別の同じ団体の者か、誰にせよ、ゴキブリもネズミも為さぬことを」
   「それにしても、彼はそのことを我慢して、上演日を迎え、その後か、エチュードをしていた館内の内庭からの入り口附近で、無残にも解体されたバッグの中身のひとつふたつを見つけた」
   「その間、抗議の意味で彼は上演日、裏方であるにもかかわらず、幕間の場面転換でも、白いシャツで通した。ノルマで配った客が観に来ているにもかかわらず」
   「ゴキブリもネズミも為さぬことを」
   「よもやその犯人は、お父さん」「お父さん、あなたじゃないでしょうね」

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はげむ「彼は祈った、と言ってました」
    「それでも、彼が再び手にしたのは、ひとつふたつのものに過ぎなかった」
    「そういえば、お父さん。ぼくが中学で、黒いバッグが欲しいと言ったら、顔を引きつらせましたね。思い出した。あの時ぼくは、白いシャツに、黒の学生ズボンだった」
   「よもや、ぼくのお母さんもそのように、手込めにかけたんではないでしょうね」
   「あの時あなたは、演目の舞台の上で、鉱毒被害の政府への抗議で群れとなって上京する、貧しい農民のひとりを役として受けた。また、学園内は、死者も出るほどの荒廃ぶりだった。誰も彼もが、ストレスを抱えて焦燥の中にあった」
   「そんな最中、誰も見ていない空き部屋に、ひとつ残された黒いバッグ」
   「あなたは、こともあろうに、その他人の所有物を、無断で失敬したにもかかわらず、更に上演日まで隠し、その後民衆の眼前に解体放置するという、極めて異常な行為に走ったのだ」
   「見つからなければ、その犯罪が露見しなければ、その間演技し続ければ、
己がそのタレントあるを誇示できる、とでも錯覚したのですか」
   「その真実は、未熟な左翼の革命家気取り」
   「そのこころの闇は、何ですか」
   「何れにせよ、お父さん、あなたはしなくていいことを為したんですよ」

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はげむ「この国は、法治国家です。法律的に、時効ではあっても・・・・・」
    「ぼくが、お父さんの息子であることに、時効はないのです」
   「まぁ、魔が差したお父さんと、とっくに時効なのに呼び止めたホームレス様の間の抜けた男と、その間になって、笑っちゃいますよね」
   「手に米付けて、手込めにしたんですか。笑っちゃうんだから、それで〆ましょう」
   「父ちゃん、クリスチャンになって。遅々帰る」
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これは、当時の当事者の、かつ被害者側証言によれば、かなり事実に基づく。けれどもはや、史実の領域の類のものである。
そして、そのこころの闇は、恐ろしい真実、に分類すべきだろう。
それをここに載せたのは、やはり、あった事は残そう、という気分である。
時効犯人が、ゴキブリかネズミに変身した日もあったかな、という。
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[旧約]に、盗むな、とある。
その戒を破りし者が、後年、『濡れ手で粟』の婿養子になったか、関知しない。