かいふう

近未来への展望や、如何に。

靖国神社とは、それでは何。

日の丸


すると、全国に今も点在する、「護国神社」の位置付けは、どうなりますか。あれらは、「靖国神社」の云わば、支社でしょう。何時造営されたか、知りませんが。全国津々浦々に配置されたが故。後年の「日本海海戦」等【国難】において。「国体護持」に国民が一致団結を鼓舞、防御を固めたのではないかと。
そして、昭和20年8年15日の終戦です。「玉音放送」で「詔」を賜っての、共に歩んだ復興ではないですか。
被爆地】を抱えた以降、歴史は変わったのです。それを裸眼で直視してこその。「昭和」の坂道、を来たのですから。
頑固は個人でも。公的は現場で、時代錯誤も甚だしい固定観念固執するあまり、偏狭な権力志向で、未来への開かれてある展望を閉ざしてしまうは、国益を損なうこそすれ。有益にあらず、です。
靖国で会おう」と言って。出征した若者が。未だ帰還せず。なら、彼は「靖国神社」に居るのでしょう。彼の言葉が、「本音」か『タテマエ』か。知る由も無いですが。少なくとも、彼らは居たのですから。送り出した、「国家」としての責務、は当然在ります。
被爆者】を含めて国民が払った【犠牲】は、それ以前の歴史について。何をか言わんや。