かいふう

近未来への展望や、如何に。

第一次世界大戦終結100年記念行事がパリにて開催。俯瞰する歴史

イエス

歴史ほど、知るに容易い学は無い。平和で、自由があれば。昨日までの事。他人様の生死の過程。ピンポイントで、天空から、限定、限定、そして限定。落下、絞っていけば。隣の大陸で、手つかずの残飯が廃棄されてれば。絶海の孤島で召集兵がひとり、誰にも知られず餓死する。何せ、それらを幾ら見聞しても。何ら、責任は問われない。その所在は、何処。同じ動きをする将兵がフィルムの中で目隠し銃殺処刑されても。真実か、無罪か。それを観るは、責任を問わないで済む。
この有史以来の大戦争主日の主が係っていた訳ではない。でも、多くのクリスチャンは、係わっていた。その単純な疑問から。探求心があれば。
飛行機、タンク、そして戦艦と潜水艦等。近代兵器の登場で、出征将兵の何と膨大な犠牲者の数よ。その桁数に、慄く。その疲弊と困窮と絶望から。休戦、終結するんでしょうね。
その日より、100年ということで。二言、三言。残しとこ。クリスチャンですから。節目に当たったのですから。
前回の「ファティマ第三の秘密」。これは、第一次世界大戦終結と、更に襲来する信者への厄難まで触れていた。欧州圏。多民族と、混在するバルカン半島オーストリア皇太子御夫妻暗殺に端を発して。共産主義の抬頭にも、言い及んで。
そこに居住無かった者として。更に戦慄を覚えたは。次に襲来する第二次世界大戦までの期間。とてつもなく、短い。故に、第一次世界大戦で最前線に出た伍長が、敵の毒ガス喰らって、【悪魔】の化身総統になって。欧州圏を廃墟と瓦礫にしてしまった。【ホロコースト】のガス室は、彼の復讐でもあった。2000年前の出来事、その罪過を特定民族の末裔におっ被せても、無理心中の類。ナチスの独走の発端、国会議事堂放火事件。Wiki等検索で、共産党員の単独犯説。
大恐慌」も、重要な引き金の要件ではありましたが。「20世紀」の歴史は、去りました。
ですから、クリスチャンは。無理心中の類にも、断固抗するのです。
その気概は要るのです。アーメン