かいふう

近未来への展望や、如何に。

「新説・明治維新」西鋭夫著、今月末までサービスキャンペーン。

タワー

スタンフォード大の教授が、著作をネットで、送料のみで配布している。グーグルさん経由だろう広告は、その積極性において、自他共認めるであろうから。頻度かなり。竜馬暗殺の真実、についてもその著作で述べている。それで。

様々な視点があって。然るべき。唯、『タダ程高いものは無い』がよぎって。爺さんは、手を出さないと決めた。そうと決めた以上。通用口からでも、その間の事情。推測したい。数あるその広告のキャッチフレーズから。著作内では、土佐藩内にボスが居たらしい。盟友中岡の遺言に限り、と指摘。しかし、初見参の同藩士も、中岡の見解を聴取。複数の犯人像が浮かぶ、はやむを得ず。
四国は、土佐藩だけに非ず。下手人の方言は重要なヒントだ。薩長、そして土佐。このトライアングルから蚊帳の外、の他藩は面白くない。寺田屋事件の被害者は、幕府側である。この状況下、土佐藩内の頭が、目と鼻の先の、容疑者の所在を指名手配の幕府側に通報しても。
判官びいきもののあわれ民族自決だろう。それが、わかる、わからない、は微妙。デリカシーの問題だ。見解聴取の藩士は、後年近藤勇捕縛後、反対を押し切り、斬首。それも、死に際の中岡が言、おそらく新選組、に依るものと。私も、近藤勇の墓、夜間塀外より辞儀。
同じ藩士でも。藩主と、脱藩を繰り返した下級武士では。行動した、時空間が違う。味方が、その最接近した時点で、敵に裏切って通報、もあり得る。本人が手を汚さずとも。初見参の同藩士も、20世紀初頭、講演会において、その真実を、聴衆と次世代のジャーナリストに託している。日露戦争勃発の前後だ。
クリスチャンから見れば。異教徒の旧態以前の時代。であるが故の、音信不通の擦れ違いを。意思の疎通。それから生じる情況や些細な曲解。
被爆国】となった、この国の戦後は。「昭和」という時代が、『時代劇』を茶の間で見る時代であったとしても。今一度、先人の苦労の歴史を、家族団らんで観よう。民族固有の意識であったろう。

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もうひとつ、寺田屋騒動、なるものがあった。何と、これは、同じ藩士でも。同等のそれでは無く。若い藩士の一群が、藩主に無断で、決起密談。時の幕府の要職を斃そうとする件。時の藩主、血相変えるわ。御家断絶とまで行かぬとも。前途有望な家来たち。どうしても説得、帰郷させねば。早馬でしょ。決起する彼らの近く藩邸から、すぐさま差し向けねば。直談判して、恭順せねば。同郷といえど、剣を抜くしか。それで、驚いたは、押さえ込んだ者と共に刺せ。実行される。血気盛んな若輩は、乏しい情報で洗脳されちゃうと。もうダメなのかね。当時、テレビも電話も皆無。把握分析するだけの情報が集まらん。帯刀とは、かくもイザ時に、短絡的か。信じられん。死に急ぎ過ぎだろう。