かいふう

近未来への展望や、如何に。

『ウィキペディア(Wikipedia)』は、今月はアジアジア月間。「ベトナム戦争」の記載を調べた。

ウィキペディア

検索を掛けた。「ベトとドク」。とても詳細に載ってます。項目もわかりやすい。年代に沿って、つい最近の話題も、ニュース映像が浮かんできました。ただ、ひとつだけ見つからない文字がありました。分離手術の前後からかな。その手術に参加したベトナム人女医か看護師さんの口から。「ニャット」という単語を聴いた。訳せば、日本。「ニャット・べト」、「べト・ドク」。これは、分離手術成功で。その医療行為に直接係わった従事者が、それ故。今後、別々の身体になった彼ら。労わりと配慮の気持ちからでしょうか。勿論、「ドク」は、準同盟国側の東ドイツの支援を受けてのこと。片や、この手術には、地理的にも近く。当時先端医療技術ある日本からのスタッフも参加。その成果。身近で医療介護の女医と看護師さんから。「ニャット・べト」という新語が生まれても。
次に、「大石芳野」。数えきれない作品数。追っていくと。「ベトナム、凛と」を見た。買って、しっかり見たは、もう確信はない。でも、後年、ヨーロッパの強制収容所の、その生存者たちの写真集。その展示会、最終日。その日なら、撮影者本人の出席も必ず。居ました。会えました。写真集にハンコ押してもらった。
例えば、「地獄の黙示録」、「フルメタルジャケット」。劇映画の名作も、そして写真家の個人的冒険も。それが年代が史実へ追いやれば。真実から情報へと変化し去っていくものなのだろうか。
それとも、老いる本人が従順に、受容するだけのことか。