かいふう

近未来への展望や、如何に。

改元故か記憶の移行 その3

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円覚寺


竜馬から、龍彦さんへ

坂本竜馬も、小説や映画やTVドラマを通して。数人の俳優さんの名演技を介して。ある時代、その時。承知しました。

で、各地に彫像や記念碑で、旅情と歴史探索で、本人も十分非業を補填した。と思う。

 

坂本弁護士一家殺害事件の被害者のひとり。龍彦さんへ、我われの思いを、更新させた方が。

Wikipediaから。「坂本堤DTI」を開く。裁判の原告側の、損害賠償請求事件。準備書面という体裁を取っている。第一 坂本 堤 一 生い立ち /二 法律家坂本 堤 /三 「にんげん」坂本堤 /四 まとめ 。第二 都子一 都子の誕生・幼年時代  /  二 都子の学生時代ーボランティア活動との出会いー  / 三 坂本堤との出会い・結婚生活 / 四 まとめ 。第三 龍一 龍彦の誕生 /  二 龍彦の成長 /  三 まとめ

この最後の、まとめの前に、都子さんの両親宛ての書簡が挟まれてある。

「今日は本当に良い日でした。
 毎日退屈して騒いでいる龍彦を海に連れていってやろうと思い立ち、朝、お酢を少し入れてご飯を炊き、ちぎった梅干しをまぜて、のりとふりかけのおにぎりをつくり、お茶を水筒に入れて山下公園へ遠足に行きました。
(中略)

あんまりたくさん良いことがあったので長い手紙になってしまいました。
若いころいろんな人と機会に恵まれ、多くの体験をすることができたので、そのおかげで子育ての期間も充実するのだろうと思います。
おとうさんとおかあさんにはとても感謝しています
  七月二十日 都 子   」

おわりまで読んで。驚いた。今日の日付け、ですよ。

都子さん、「この子だけは

 忘れてませんよ。

彼らの墓所は、鎌倉は円覚寺境内松嶺院に眠る。くれぐれも、墓参は日没前