かいふう

近未来への展望や、如何に。

ある日

ベトナム凛と


「ライダンハン」の叫びは、『キムチ臭』を消臭できるか。

ベトナム戦争も、あったんだ。

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ムンクの「叫び」を、浮かべてしまった。

彼のこの絵は、実は、三部作。「不安」、そして「絶望」とある。

場所が同じなので。

北欧は、ノルウェー出身。家系で、彼も病弱で。その地域特有の自然環境もあって。

しかし、時代背景もあるでしょう。

まさに、その時代背景。それが、ウクライナ戦争」の時代。重なる。

二作目の「不安」は、集団の人びと。同じ場所は、橋の上のようだ。

避難民が、国外脱出。幼児は「叫び」、国民は列を為し「不安」を掻き立て、「絶望」が個人は、作者本人。

どう、絵を読もうが、自由なんだけれど。

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スカンジナビア半島は、陸路。ウクライナに、つながっている。

ノルウェーが、NATO加盟国か、知らない。

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キルケゴールが「死に至る病は、絶望である。」

「冒険は、不安を伴う。しかし、冒険をしなければ、自己を喪失する。」

彼が、孤軍奮闘。北欧が寒冷地。彼が常套句、連想してしまった訳。

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ロシア正教内の、紛争から。とうとう戦争になってしまったのだから。

違うのだろうけれど。

せいぜい、キルケゴール経由でしか。身近に感じられないのか。

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「ライダンハン」の叫びは、そうではない。

同じアジア、もっとずっと。身近に思う。彼らが「トラウマ」も重症。

後遺症もあるだろうから。

コロナ禍下。それ対策がマスク着用で。『キムチ臭』を、忘れてしまってる、だけだろうよ。列島に住むわれわれは。

「ライダンハン」が彼らは、インドシナ半島に居るだろうから。

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象徴になった、二重胎児。ベトとドクさん、彼が事業。どうなってるだろうか。

 

<img class="daily-photo-from-diary-import" src="https://cdn-ak.d.st-hatena.com/diary/kaihuuinternet/2005-04-30.jpg" alt="kaihuuinternet2005-04-30" title="kaihuuinternet2005-04-30">

「ベト」はベトナムから、「ドク」は(旧東)ドイツから、つけた名。二重胎児。そして日本の先端医療援助の手術によって分離、たしか「ニャット(日本)」という名もひとりにつけた、と記憶する。当時の米軍空中散布<枯葉剤>ダイオキシンの影響か、その米国での訴訟は、今日のTVニュースでも流された。サイゴン陥落から、“建国の父”ホーチミン市となり、彼の言葉「独立を!そして自由を」は、後年ピースボートなど棄民で社会主義体制の欠陥を露呈したが、ドイモイ政策で活路を開き、米国とも通商条約を締結。

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ベトナム凛と」は、大石芳野写真集。

彼女の、「夜と霧は今」の発表、展示会があって。最終日、会場に行った。

最後の客が、偶然か、私。その写真集、買い求めて。受付にひとりいる彼女に、ハンコ押してください。

こころよく、同意してくれた。著名な国際的女流カメラマンにしては、極最小の朱印が押され。もっとデカい印影と、その手にした写真集の意義と大きさ。その落差というか、ほほえましく。

後年、何故サインをねだらなかったのか。サインならば。もっと、高くマニアに売れもしただろうに。

しかし、未だ売ってないので。

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買う客の強気で、真正面から、しっかり彼女を見つめ。

彼女の秘密を知った次第です。

タレントとは、写真において。何だろう。カメラウーマンとは、呼称されない。

生で見て。両眼の間、額ですね。広い、というより。算盤の暗算の方、いるでしょ。

あれと、同じ。前頭葉か、額に算盤浮かべて、イメージで珠を弾く。

勿論。ライカは名機なんだけれど。それに出会った運もあっただろうけれど。

彼女の掌の大きさ、手に馴染む。使い易い。

でも、タレントが器。眼と眼との輪郭、そこに既に写真機が、額に内蔵されてある。

そう見えた。

マチュアでもない、私から視ても。それは、発見された。

それが見えた野郎は、然らば。写真家には、よう成れん。

では、彼女が写真集。買い揃えた方が、真実により早く近ずく。

「夜と霧」を、ドキュメンタリー映画で観て。同名の精神科医が体験記を読んで。

その映画に、登場し得なかった、生存者が後生。

それを、天与のタレントの女流カメラマンが撮った作品。それを介して、読む。

なんとまあ、贅沢が極み。

自称、対障がい者では、セミプロ。

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撮って。肖像権などいざ知らず。著作権を想うは、それなりの自信があるんでしょう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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