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某民放TVが特集で、地元被災民が記録の映像による。
私も後年、訪ねた。彼の地、石巻。日和山頂上の鳥居の広場。緊急警報で、集団移動で登山された、水産物加工の従業員とおぼしきが多数、白い作業服のまま。
眼下に、旧北上川ですか。
1000年が一度の、未曾有の津波。誰一人、見た者は存ぜず。
5分、10分と、時間が経過するごとに。山頂から見てる、彼らが反応が、だんだん悲鳴が大きくなる。
彼らが、仕事場、勤務先だろうか。母校が小学校やら中学校。公民館とか、病院とか。
馴染んだ建物、ビルが、押し寄せる津波に、呑み込まれ。潰され、流されて来る。
やがて、降雪。撮影の視界も見えなくなった。
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それは、私も歩いた。河口から、川上への。濁流に呑まれた市街。頭上を越えた、赤錆と化した、商店街が街灯の鉄柱。
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駅前ロータリーから乗車した、道の駅までの路線バス。その途中に、石巻赤十字病院を見た。
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当時、病院玄関一階。搬送されてくるであろう、被災民。彼らを待って。
その館内空間が、トリアージの現場となった。
勿論、自家発は稼働してる。
この映像記録も、初めて視聴。10年経て。
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8:14[編集]
それから、イエスはペテロの家にはいって行かれ、そのしゅうとめが熱病で、床についているのをごらんになった。
8:15[編集]
そこで、その手にさわられると、熱が引いた。そして女は起きあがってイエスをもてなした。
8:16[編集]
夕暮になると、人々は悪霊につかれた者を大ぜい、みもとに連れてきたので、イエスはみ言葉をもって霊どもを追い出し、病人をことごとくおいやしになった。
8:17[編集]
これは、預言者イザヤによって「彼は、わたしたちのわずらいを身に受け、わたしたちの病を負うた」と言われた言葉が成就するためである。
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8:18[編集]
イエスは、群衆が自分のまわりに群がっているのを見て、向こう岸に行くようにと弟子たちにお命じになった。
8:19[編集]
するとひとりの律法学者が近づいてきて言った、「先生、あなたがおいでになる所なら、どこへでも従ってまいります」。
8:20[編集]
イエスはその人に言われた、「きつねには穴があり、空の鳥には巣がある。しかし、人の子にはまくらする所がない」。
8:21[編集]
また弟子のひとりが言った、「主よ、まず、父を葬りに行かせて下さい」。
8:22[編集]
イエスは彼に言われた、「わたしに従ってきなさい。そして、その死人を葬ることは、死人に任せておくがよい」。
マタイによる福音書
4:23[編集]
そこで彼らに言われた、「あなたがたは、きっと『医者よ、自分自身をいやせ』ということわざを引いて、カペナウムで行われたと聞いていた事を、あなたの郷里のこの地でもしてくれ、と言うであろう」。
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トリアージは、A.B.C。3段階に、判別される。
救急搬送された、被災者患者。限られた医療器材、医療従事者をもって、早急かつ的確に、診察。決断を下さねばならない。
市街が濁流で冠水した以上。避難、帰宅不能な被災者患者を、その判別したホールにて。宿泊、看護せねばならない。
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志津川高校からの、映像記録も残る。内陸部、丘の上にあった。
その校庭からの撮影が、緊迫感。
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訪問当時、既に。対岸、盛り土の上。南三陸さんさん商店街は、開店営業。
でも、高校と商店街の中間、海寄り。多数が殉職された、鉄骨4階建てだかの、防災対策庁舎は、赤錆残存。
まるで。復旧・復興の象徴であるかのごとく。
ダンプカーが、列をなして、河川の両岸を、往復してました。
ここの、BRTのバスステーションは、要衝でしたね。